大阪府 54歳 女性

BEFORE人事/総務/経理

AFTER会計・社会保険担当

ただの事務員から専門家へ。30年のキャリアを再定義し、53歳で掴んだ人生が変わる転職

53歳という年齢、そして11年という歳月を捧げた場所からの退職。

安定の言葉の裏側に隠れた無理解という冷たい現実の中で、心身ともに限界を迎えつつあったMさん。

それまでの自分は、ただの事務員に過ぎないと思い込んでいたといいます。しかし、Mさんが歩んできた30年のキャリアには、本人さえ気づかなかった専門性が宿っていました。

Mさんの人生が変わったきっかけは転職の成功だけでなく、自らの市場価値を再定義し、誇りを取り戻した瞬間でした。そして、そのきっかけが「ライフシフトラボ」であったこと。そんな濃密で、あっという間に駆け抜けた4ヶ月間を振り返ります。

「100店舗までは一人でできるはずだ」尽くし続けた11年の果てに響いた冷たい言葉

前職で私は、ゴルフ場内にあるレストランをはじめとして、何店舗も展開する飲食店を支える事務の仕事をしていました。人事・総務・労務など、会社のバックオフィスに関わるあらゆる業務を一手に引き受け、忙しいながらも充実していると自分に言い聞かせてきました。

しかし、2023年に転機が訪れます。その年は、国策である定額減税の対応に始まり、3店舗分の労働基準監督署の調査、さらには会計検査院が同席する年金事務所の調査までもが重なりました。本来なら数人で分担すべき重責を、私はたった一人で背負うことになったのです。

タイムカードや賃金台帳、膨大な資料を揃えるために深夜まで残業し、土日も返上してデスクに向かう日々。さらには、全従業員分の年末調整が重くのしかかりました。

書類の山に埋もれながら、私は自分の仕事量を客観的に見てもらおうと、業務の増大をすべてまとめて「これだけの仕事が増えています。何とか考えていただけないでしょうか」と、社長に示したのです。

しかし、返ってきたのは期待していた労いや評価の言葉ではありませんでした。

「給料は他と比べても少なくないはずだ。100店舗くらいまでは一人でできるはずだ」。

現場の限界を数値で示してもなお、想像を絶する無理解。その瞬間、私の中であきらめの気持ちが決定的なものになりました。

私の価値は?美容院での偶然が、冒険の始まりだった

そんな折、たまたま訪れた美容院で、初対面の美容師さんから「お客様、すごくお仕事をされる方でしょう」と声をかけられました。

鏡に映る自分の顔に、それほどまでの疲れや気負いが滲み出ていたのでしょうか。

勤め先では当たり前だと思われていた私の献身が、外の世界の人には価値あるものとして映っている。それならば、私の30年のキャリアを外の世界では一体いくらで買ってくれるのだろう。そんな疑問が、私の転職活動の始まりでした。

とはいえ、すぐに転職活動を始めたのではなく、まずは今の仕事に役立てようと思いAIの勉強を考えていたんです。ライフシフトラボの門を叩いたのも、そのスキルアップが目的でした。

ところが、無料相談で私のキャリアを伝えると、担当の方から「Mさんに必要なのはAIではありません。今すぐ転職すべきです」とアドバイスをいただきました。

50歳を過ぎた女性にとって、転職がいかに高い壁であるかは身に染みて分かっていましたが、その言葉に背中を押されるようにライフシフトラボの転職コースの受講を決めました。

受講料は決して安くありませんでしたが、コツコツと貯めたお金を自分の未来を切り拓くために使う時が来たと直感したのです。また、親しい友人たちが心配してライフシフトラボのことを色々と調べてくれましたが、最後は自分の心で決めました。

10枚の重すぎる経歴を、プロの視点で4枚の武器へ

トレーナーさんとの出会いは、まさに救いでした。

私が歩んできた30年の経歴を書き出してみると、職務経歴書が10枚になるという事態に。そういえば、以前の転職でハローワークの方に「こんなに長いのは誰も読みません」と突き返されたことがありました。

けれどトレーナーさんは、その中にある「問題解決力」という私の真の強みを丁寧に見つけ出してくれました。

さらに、上場準備の経験や、裁判沙汰の対応、資金難に陥った組織での奮闘など、バラバラだった私の経験が一つのストーリーとしてつながり、自身での整理を経て5枚、最終的には洗練され磨き上げた4枚の職務経歴書へと生まれ変わりました。

その職務経歴書は、私が生きてきた証そのものといえるものです。

そして、応募代行という仕組みにも驚かさせました。

仕事に忙殺される私に代わって、120社もの企業にアプローチしてくれたんです。自分一人では気後れして絶対に選ばなかったであろう大企業や、専門的な税理士法人、社会保険労務士法人。そこに私の経歴を届けてくれたのです。

すると、驚くことに専門的な法人からの書類通過が相次ぎました。私は単なる事務員ではなく、専門職として市場に求められている。その事実は、お祈りメールが届くたびに削り取られていた私の自信を、奮い起こしてくれました。

自分の価値を堂々と伝えなさい|年収アップを勝ち取った交渉

面接対策では、トレーナーさんと何度も模擬面接を繰り返しました。

「社労士事務所に入る心構えは?」「これまでの経験をどう活かす?」といった鋭い問いかけに、最初は言葉が詰まることもありましたが、トレーナーさんはずっと背中を押し続けてくれました。

内定をもらった面接の場でのことです。

希望年収を訊かれた際、私は強気な数字を口にしました。お相手から「募集内容の金額を見ましたか?」と返された時は、血の気が引く思いでしたが、トレーナーさんは「自分の価値はしっかりと伝えるべきだ。300万と言ってしまえばそれ以上にはならない」と肯定してくれたのです。

そんないきさつがありましたのであきらめていましたが、無事に税理士法人から内定をいただきました。さらに、前職よりも30万円年収が上がって350万円になりました

そして何より、社労士資格の取得を奨励してくれて、その後のキャリアパスも明確に示してくれる環境です。

内定の知らせを受けた時は、まずはただただホッとしました。

トレーナーさんに「決まりました」と報告できる。その安堵感が一番大きかったように思います。

曖昧力を胸に、53歳からの第二章へ|私は今、人生で一番誇らしい

転職活動を通じて、私は「曖昧力」という言葉に出会いました。

新しい環境への恐怖や、できない現状を受け入れ、流されずにそこに留まる力。それは、私が30年の実務の中で無意識に身に付けていた、ポータブルスキルという名の武器でした。

新しい職場でも、優秀な同僚たちに圧倒されそうになることがありますが、そのたびに私はこの言葉を思い出します。今の自分を受け入れて、ここから一歩ずつ進めばいいのだと。

現在は、社会保険労務士試験に向けて勉強に励む毎日です。

53歳を過ぎて、これほどまでにワクワクした気持ちで未来を見据えることができるなんて、数ヶ月前には想像もできませんでした。

周りからは「顔つきが変わったね」と言われます。自分でも顔つきだけでなく「人生が変わった」と心から実感しています。

もし、今この瞬間も、かつての私のように「自分なんて」と諦めている人がいるなら、伝えたいことがあります。あなたの社会人歴は、決して無駄ではありません。

自分一人では見えない景色も、プロと一緒に走り抜ければ必ず見えてきます。

50代という年齢は、決して終わりの始まりではありません。むしろ、本当の自分として生きるための、輝かしい第二のスタートラインなのです。

私は今、新しい場所で誰かの役に立ち、専門家として誇りを持って生きる喜びを噛み締めています。

その場所に導いてくれたライフシフトラボ転職コース。受講という一歩を踏み出せて、本当に良かったです。