滋賀県 45歳 男性
BEFORE技術派遣
AFTER外資系IT企業システムエンジニア
3度の不採用を乗り越え、市場価値を再定義した大逆転の軌跡
20年間、派遣会社の正社員として設計業界のシステム分野でキャリアを積んできたHさん。
現場での信頼は厚く、専門知識も豊富。しかし、長年「派遣」という立場で働く中で、自分自身のキャリアに対して拭いきれないもどかしさを抱えていました。
「どれだけ実績を積んでも、派遣という壁の向こう側には行けない。自分のスキルを後進に伝える場もなく、本当にやりたい仕事に手が届かない」
そんな折、家庭環境の変化や職場の人間関係といった、ミドル世代ならではの課題が重なります。定年までの残り20年を見据えたとき、Hさんはこのままではいられないと、人生を切り拓くための大きな決断を下しました。
そして手にしたのは、かつて個人で2度も挑戦しながら、高い壁に跳ね返されてきた憧れの外資系IT企業の席。さらに年収450万円から830万円と380万円もアップ。
一人では届かなかったその席に、ライフシフトラボとの二人三脚でどう挑んだのか。
45歳にして年収830万円超のシステムエンジニア職を勝ち取り、自らの市場価値を証明してみせた、その大逆転の舞台裏を詳しく伺いました。
定年までこのままでいいのか?派遣という立場で感じたキャリアの限界
これまで20年近く、システムエンジニアとして設計・製造データの管理システムの領域に深く携わってきました。直近の5年間は、同じお客様の現場に常駐し、専門性を活かしてお客様の課題を解決することに、確かなやりがいと楽しさを感じていましたね。
しかし、45歳という節目を意識し始めた頃から、現場での立ち位置に少しずつ違和感を覚えるようになりました。
技術派遣という立場では、どれだけ現場を良くしようと効率的な資料や仕組みを提案したくても、そこまでやらなくていい、決められた範囲のことだけしてくれと制限されてしまう場面が多々ありました。
また、長年培ってきた知見を後進に伝えていく役割を担いたくても、派遣という立場上、組織の育成に深く関わることができません。
自分の経験が積み重なっているはずなのに、それが正当に評価や役割に反映されないもどかしさに、精神的な疲弊を感じる日々が続いていました。
さらに、私生活では親の介護などがあり、将来を真剣に考えたときに、今の不安定な働き方や待遇では限界があるとはっきりと気づいたんです。
「残りの職業人生、一つの会社に腰を据えて、自分の経験をしっかり形にしたい」
その思いで、私は45歳からの再出発を決意しました。
転職の仕方がわからない│45歳の背中を押した推進力
実は、新卒時の就職でマニュアル通りのきちんとした就職活動を経験しておらず、過去の転職も知人の紹介だったため、自力で一から転職活動を進める方法が全くわからなかったんです。
職務経歴書の書き方も、面接の作法も知らない。
何から手をつければいいのかと立ち尽くしていた時に、SNSで流れてきたのがライフシフトラボ転職コースの動画でした。
転職塾なんてものがあるのかと、試しに無料個別相談を受けてみることに。
担当の方とお話しし、私のこれまでのキャリアでもまだ十分に戦える可能性があると示唆していただいたことが、受講の大きな決め手になりました。
受講費用については、正直に言えば決して安い金額ではありません。しかし、定年までの残り20年をより良くするための自分への投資だと割り切り、覚悟を持って決断しました。
実際にプログラムを受講して最も驚かされたのは、その圧倒的な推進力です。
自分一人では数社応募するだけで息切れしてしまいそうなところを、応募代行というプロのサポートによって驚くべきスピードで一気に応募を進めていく。
この体制には正直、衝撃を受けました。仕事と私生活の両立で体力的にも精神的にも余裕がない自分にとって、この力強く背中を押し続けてくれる力は心強いものがありました。
実績の羅列から読み手への配慮│職務経歴書のブラッシュアップ
派遣という働き方が長かったこともあり、これまでの業務内容をまとめた職務経歴書のベース自体は持っていました。
しかし、トレーナーから受けたアドバイスは、私の想像を超えた見せ方の工夫でした。
特に目からウロコだったのが、近年の方を先に書くという逆年代順の構成です。
これまでの履歴書の常識にとらわれて古い順に書いていましたが、採用担当者がまず知りたいのは「今、何ができるか」なのだと気づかされました。
また、転職エージェントなどのプラットフォームが持つ特性を活かしたテンプレートの活用方法など、自分一人の発想では思いつかないテクニックを数多く伝授していただきました。
単に過去の実績を時系列で並べるのではなく、相手が読みやすく、今の自分の実力が一瞬で伝わる構成へ。
徹底して読み手の視点に立ってブラッシュアップしたことで、書類の説得力が格段に増し、自信を持って応募に臨むことができるようになりました。
業界を熟知したトレーナーの「ちょっと待った」が導いた最高の結果
面接対策については実際の面接を実践の場として見立て、場数を踏みながら課題を一つずつ潰していく。そうして着実に自信を積み上げた状態で、後半にたどり着いた本命に臨むことができました。
最終的に3社から内定をいただくことができたのですが、その過程でトレーナーの知見に、救われる場面があったんです。
実は、第一志望であった外資系IT企業の結果が出る直前に、別の企業から非常に好条件の内定をいただいていました。ここでも十分すぎるほどの結果だと、私はそこで決めてしまいそうになっていたんです。しかし、トレーナーは業界の動向を熟知しており、冷静に状況を判断してくれました。
「Hさん、ちょっと待ってください。本命の結果を待ちましょう。あちらなら、提示額がさらに上がる可能性があります」
プロの視点に基づいたそのアドバイスを信じて、あと数日だけ待つことにしました。
するとその直後、過去に2度断られて3度目の正直で応募した憧れの企業から、当時の想像を遥かに超える条件でオファーが届いたのです。
もし一人で活動していたら、目先の条件に飛びついて、この最高の結果を逃していたかもしれません。
業界を知り尽くしたプロの客観的な視点がなければ、今日という日はありませんでした。
年収830万円、システムエンジニア│報われた3度の挑戦
最終的に内定をいただいたのは外資系IT企業。職種はこれまでの知見を最大限に活かせるシステムエンジニア職です。
待遇面では月収55万円に加えて業績賞与が設定され、オファー年収は約832万円という、自分でも驚くような評価をいただきました。
正直なところ、45歳という年齢を考えると今回の転職は450万円の現状維持でも成功だと思っていました。
ですから、想像を遥かに超える額面を聞いたときは嬉しさと同時に、これは現実なのだろうかと、しばらく戸惑ってしまったほどです。
何よりかつて個人で応募して2度も不採用だった憧れの会社に、この年齢で門をくぐれることが何よりの自信になりました。
自分の経験やポテンシャルを企業に正しく評価されたのは、戦略的に私の価値を最大化してくれたライフシフトラボ転職コースの伴走があったからこそだと確信しています。
自分の武器を知ることで拓けた、定年までの20年
現在は、あるプロジェクトに参画しており、週の多くを出張先で過ごす忙しい日々を送っています。
46歳になり、定年までの残り約20年をどう生きるかを考えますが、今回の転職活動は、それらを深く考える貴重な機会となりました。
新天地に立つことができた今の目標は、まずこの新しい環境に馴染み、1年後には自分らしく力を発揮できるようになることです。
これまでは派遣という立場で、もっとこうしたいという想いに蓋をしてきましたが、これからは一人のプロフェッショナルとして、組織に、そして社会に自分のスキルを還元していきたいと考えています。
もし今、私と同じように自分のキャリアはこのままでいいのだろうかと足踏みしている方がいるなら、勇気を持って一歩踏み出してほしいと思います。
そしてライフシフトラボ転職コースなら、自分では気づけなかった強みを言語化し、進むべき方向を指し示してくれます。
自分はもう選ばれないかもしれないという思い込みを捨て、プロと共に正しく戦略を立てれば、想像もしていなかった未来が拓けるはずです。
