東京都 54歳 女性 転職コース

BEFORE広告制作会社、取締役社長

AFTER印刷会社、営業課長代理

自分は何者かに迷った50代。孤独な就活の闇を照らした、プロによる「強みの言語化」と二人三脚の挑戦

15年間、経営者として走り抜けてきた一人の女性。

50代半ば、人生の大きな転機を迎え、東京へと戻ってきた彼女を待っていたのは、「自分は何者か」という問いと、想像以上に孤独な転職活動の荒波でした。

今回ご紹介するNさんは、九州地方で広告制作会社を15年経営し、取締役社長まで務めた経歴の持ち主。

しかし、離婚と会社譲渡を経て、憧れだった業界へ飛び込むも「自分には合わない」という挫折を経験。

54歳にしてゼロからの再スタートを余儀なくされました。

経営者だった自分が、一般企業の枠組みにどう収まればいいのか。

自己分析に迷い、応募書類の一行目すら書けなくなった彼女の背中を押したのは、ライフシフトラボという「お守り」と、120点満点の伴走者。

孤独な夜を乗り越え、自分自身の等身大の価値を見つけ出したNさんの、勇気あるライフシフトの軌跡を辿ります。

15年の社長業から一般企業へ|54歳、東京での再出発と夢の終わり

大分県で15年、元夫と共に広告制作会社を立ち上げ、がむしゃらに働いてきました。

30代後半で起業し、40代で法人化、そして取締役社長へ。

しかし、離婚を機に会社を譲渡することを決意。

50代にして、実家のある東京へ戻り、文字通り「第二の人生」をスタートさせることになったんです。

心機一転、東京ではずっと憧れていた仕事に挑戦しました。

広告の仕事を通じて「モノ」や「企業」をプロデュースしてきた経験を、今度は「人」という分野で活かしてみたい。そんなワクワクした気持ちで飛び込んだんです。

ところが、現実は甘くありませんでした。

半年ほど勤めましたが、どうしても自分に合っていないことに気づきました。

「これは周りに迷惑をかけてしまう」と、早々に撤退を決め、ここからどう再起しようかと思ったとき、本格的な就職活動という壁が私の前に立ちはだかりました。

どの枠にも当てはまらない自分。孤独な就活で見失った自分の価値

いざ、転職エージェントなどのサービスに登録してみたものの、最初の段階で手が止まってしまいました。

職務経歴書を書こうとしても、自分がこれまでやってきた15年の経営者としての経験が、どの業種や職種のチェックボックスにも当てはまらないような気がしてしまったんです。

社長という肩書きは、一般企業から見れば使いにくいのではないか。かといって、未経験の職種に飛び込むには年齢がネックになる。

自分が何者で、何ができるのか。

一人で考えれば考えるほど、分からなくなっていきました。

広告で見かけたライフシフトラボ転職コースを検索し、無料説明会に申し込んだのは、そんな迷子の状態だった時です。早速、無料説明会に参加し、プロフェッショナルな集団だということがすぐに分かりました。

正直、受講費用は私にとって安いものではありませんでしたが、「半年勤めればペイできる投資だ」と自分を納得させました。それは、何より、このまま一人で孤独に活動し続けることの限界を感じていたからです。

誰かに「あなたの進むべき道はこっちですよ」と指し示してほしい、そんな安心感を求めていたのかもしれません。

伴走者という名の「お守り」|120点満点のトレーナーとの出会い

ライフシフトラボ転職コースに入会して、トレーナーとの二人三脚の転職活動が始まりました。

今振り返っても、この出会いがなければ私の転職成功はなかったと断言できます。

トレーナーのサポートは、100点どころか120点、いや、それ以上でした。

就職活動というのは、本当に孤独です。

不採用通知が届くたびに、自分という人間を否定されたような気持ちになり、ろくなことを考えなくなります。

そんな時、トレーナーは常に的確なアドバイスと、温かい励ましの言葉をかけ続けてくれました。

「絶対に決まりますよ」というトレーナーの言葉は、私にとって何よりの「お守り」でした。

特に助けられたのは、書類作成と面接対策です。

自分一人では「経営者だった」という事実に気負い、どこか不自然に自分を大きく見せようとしたり、逆に卑屈になったりしてしまっていました。

しかし、トレーナーは対話を重ねる中で、私の中に眠っている「等身大の強み」を丁寧にすくい上げてくれ、そのおかげで自分の経歴をストーリーとして語れるようになりました。

1,500社をチェックした怒涛の活動期。打席に立ち続ける勇気

トレーナーからは、「この年齢だと、50社応募して1社面接までいけたら良いほう」と現実的な数字を提示されました。

それまでの甘い考えを捨て、まずはとにかく打席に立つことを決意しました。

最終的に、求人サイトなどでチェックした数は1,500社にのぼります。

そこからトレーナーと相談しながら、「この業種なら私の経験が活きるかも」「この職種なら親和性が高い」と一社一社精査していきました。

応募代行は使わず、自分の手で一社ずつ応募していったのは、それだけ一社一社に対して真剣に向き合いたかったからです。

毎日のようにお祈りメールが届きましたが、「来ても何も思わないでくださいね」と言われていたので、心を強く持って次へ進むことができました。

結局、20社に1社くらいの割合で面接に進めるようになり、複数の企業で最終面接までたどり着くことができたんです。

その中には、給与条件が折り合わずにお断りしたものもありました。

以前の私なら「年齢も年齢だし、これくらいで妥協すべきかな」と下げてしまっていたかもしれません。

でも、トレーナーが私の価値を信じて寄り添ってくれていたから、最後まで自分の水準を落とさずに探し続けることができました。

掴み取った「課長代理」の内定。自分の経験が誰かの役に立つ喜び

最終的にご縁があったのは、福岡に本社を置く印刷会社の関東営業所でした。

職種は営業、肩書きは課長代理です。

もともと印刷業界は「斜陽産業」と言われることもありますが、私が入社した会社はM&Aを繰り返しながら、面白い生き残り戦略を立てている活気ある企業。

面接の際、私が大分で15年経営してきた経験や、広告制作のディレクションをしてきた実績を、高く評価してくださったんです。

現在は、大手メーカーの販促物提案などを担当しています。

実は入社直後、クライアントの組織改革の影響でお仕事が一時的にストップするという予期せぬ事態もありましたが、何もしないわけにはいかないと、かつての伝手を辿って自ら新規開拓に動き出すことに。

新しい印刷技術を活かした提案など、これまでの広告業の知識を総動員して動いています。

経営者時代に培った「自分で仕事を作る」というマインドが、今の場所で存分に活かされています。

80歳まで働きたい|孤独を恐れず、頼れるプロと共に歩む未来

私の今の目標は、80歳まで現役で働くことです。

そのためには健康第一ですが、それ以上に「あなたに頼んでよかった」「あなたがいてくれてよかった」と言ってもらえる存在であり続けたいと思っています。

振り返れば、ライフシフトラボ転職コースを受講していなければ、私は今頃まだ一人で悩み、自信を失って条件を下げた転職をしていたかもしれません。

「人は孤独になるとろくなことを考えない」

これは私の実感です。

もし今、40代、50代で転職に悩み、自分を「どの枠にも当てはまらない」と感じている方がいたら、ぜひプロの力を借りてほしいと思います。

自分をしっかり表現できるようになれば、必ずあなたを必要としてくれる企業は見つかります。

孤独を恐れず、一歩踏み出してみてください。

その先には、想像以上に明るい未来が待っています。

ライフシフトラボ転職コースについて

この記事でお伝えしてきた課題解決を正面から実践しているのが、45歳からのマンツーマン転職塾「ライフシフトラボ転職コース」です。

40代以降の転職が難しい理由は、シンプルです。20〜30代と同じやり方では通用しないのに、ほとんどの人がそれに気づかないまま活動しているからです。

ライフシフトラボ転職コースが重視するのは「質」と「量」の両立。年齢と経歴に合った強みの言語化(質)と、内定に必要な十分な応募活動(量)を、同時に実現する独自プログラムです。

サポートするのは、あらゆる業界・職種の転職市場に精通するトップトレーナー150名以上。高年収層から地方転職、営業・技術・管理職まで、あなたのキャリアに最適なプロがマンツーマンで伴走します。

そして、その結果が数字に表れています。40代・50代の転職成功率は一般的にわずか12.5%——約8人に1人しか成功できない厳しい市場です。しかしライフシフトラボ転職コースの成功率は90%。この圧倒的な差こそが、年齢と経歴に合ったやり方で転職活動に臨むことの意味です。

まずは無料のオンライン個別相談会で、トップトレーナーのアドバイスをもとに、あなただけの転職戦略を作りましょう。